![]() |
||||||||
| ◆今回の私・・・松浦 賢さん◆ | ||||||||
| 僕がフライデーナイトに初めて足を運んだのが、22、3年前だと思います。まだ、OCCの建物が古い建物で今のビルではありませんでした。名前も「お茶の水学生キリスト教会館」(OSCC)となってた時代です。入り口の外には当時、世界で一台しか無いといわれた聖書の自動販売機がありました。。それがちょっとしたマスコミの話題にもなってました。僕はいまでもOCCの事を「会館」と呼んでしまいます(^^;;) フライデーナイトはその古い建物の1階の奥にあったチャペルで行われていました。細かく分けると、<第一期>フライデーナイトがその時代なら、今のビルができて8階のチャペルで行われるようになってからが<第二期>で関根先生がOCCに復帰されてから、今のスタイルになったのが<第三期>になるのでしょうか?・・・ブランクがある時もありましたが、ずいぶん長くやってるんですね〜 僕はその第二期のフライデーナイトで新たにバンドで奏楽をしてくれるボランティアスタッフを募集してるということで、何も考えることなく二つ返事でレギュラーのスタッフになったのです。バンドも、PAをやる連中も照明をやる人、スポット照明をやる人もいました。受付やら案内する人。今考えれば、ボランティアスタッフだけでよくやってたよなぁ〜〜と思います。 フライデーナイトには三つのバンドが交代で奏楽を受け持ってました。「プレーン」「グリーン・パスチャーズ」「アンバウンド」という三組のバンドです。リード・ボーカルは先日フライデーにゲストで来てた、干場三英子さん。僕はアンバウンドに所属しギターと時々ベースをしていたのです。 ある時、バンドの当番ではない日にフライデーがすでに始まっていて、座席について客席にのんびり座っていたら、司会をしていた関根先生が「ちょうど今、ギターの人がきたので弾いてもらおうかなぁ〜〜」と言って、僕のほうを向いて言ってるんです。「オレ??」って自分に指さしたら「悪いけどさぁ〜〜今日ギターがいないから、ちょっと弾いてくんない??」と、マイクを通していうじゃぁありませんかぁ ==!一瞬「マジ??」と焦りましたがその日はぶっつけ本番で、他 のバンドに入って奏楽をしたのです。 こんな事は当時、日常茶飯事で した。自分も含めて奏楽者だけでなく、すべてのスタッフはこういったエピソードをそれぞれもっていて、これがいい訓練の場にもなってました。臨機応変でハプニングに強く、予定は未定みたいなところがまた、フライデーナイトの魅力なのでしょう。 奏楽をしていたら急に腹痛におそわれて、急性腸炎になって病院に運ばれたりメッセージを聞きながらオイオイ泣いて、涙が止まらなくなったこともありました。とにかく数え切れないくらいの出来事が、このフライデーナイトの中で通り過ぎてゆきました。 当時20代になったばかりの僕も今は、もう40代に突入し一人の男の子の父親になりフライデーナイトでスタッフとして過ごした20代から30代前半にかけての日々は今の自分にとってインスファイアーされた一日一日でした。 第一期も二期もそして今のフライデーナイトも、いい意味でそのスタイルは違います。でもその「時」に応じた「別物感」がまた、フライデーナイトの魅力なのだと思います。これからも予定は未定で・・・(笑)・・どんどん化学反応を起こしながら、少しづつ変化してくってのもいいですよね... そういう集まりって好きですねぇ〜〜・・・。・。 |
||||||||
| このページのTOPへ | ||||||||
|
||||||||
| Copyright(C) 2003 Fridaynight All rights reserved. Used by permission http://ochanomizu.cc/friday/ | ||||||||